街中が浮かれるクリスマスイブというやつ。
朝から可愛い恋人を迎えに行って、二人でデパートの宝飾品売り場へ。
幸せなカップルで溢れる華やかなフロア。
肩を並べてショウケースを覗き込み、囁きをかわす。
「これがいいわ」
恋人はそう言って、真っ赤なルビーを指差して微笑む。
そんな、憧れのクリスマスとは残念ながら縁がない。
朝から迎えに行ったのは可愛い恋人ではなく幼馴染の男で、行った先はデパートではなく近所のスーパーの食料品売り場。
両手に買い物袋を提げて帰ってきた銀時は、万事屋の狭い台所のテーブルに買い物袋をドサリと置いた。
「全く、なぜ俺が貴様の買い物に付き合わねばならん」
桂も同じようにテーブルに買い物袋を置いて、ビニール袋の持ち手が食いこんでいた掌を開いたり握ったりを繰り返した。
「んなこと言ったってお前、神楽がどんだけ食うと思ってんだよ」
ほんと泣けるからアイツの食いっぷりとか、あと貞治のエサ代、そう嘆く銀時に、そうか、それより、と桂が手を差し出す。
「買い物代」
今日の買い物代は全て桂が支払っていた。
けれど銀時としては、そもそも払う金がないから桂に付き合わせたのだ。
「あー……代金は現物払いってことで。できたケーキ一口分けてやっから」
特別に参加させてやると言うと、桂は端から期待してなかった、というように溜息をつく。
街もテレビもクリスマスムードに包まれる中、神楽がクリスマス会をやりたいと言い出したのは少し前だ。
ささやかながらいつもよりは豪華な料理とケーキでも作ろうかということになったものの、今万事屋にいるのは銀時と桂二人きりだった。
新八と神楽はといえば、依頼を受けて、クリスマスだってのに人間の都合お構いなしで家出してしまった猫を探しに行っている。
まともに料理ができるのが銀時だけだからと、子供達は率先して仕事を引き受けて寒い中外へ出かけて行った。
桂は買ってきた肉や野菜を冷蔵庫にしまい、ケーキの材料はすぐ使うからという銀時の言葉に従って机に並べる。
牛乳、砂糖、生クリームに卵とテーブルの上をケーキの材料が埋め尽くしていった。
ひときわ存在感を放つ真っ赤なイチゴのパックは、一番大きな、一番高いものを選んだ。
食料品は桂に任せて、銀時は戸棚から粉ふるいや泡だて器を探す。
引出の奥から出てきた金属制の丸い焼き型を桂はもの珍しそうに手に取った。
そういえば、昔から作るのは銀時で、その周りに桂がいたような気がする。
生きていくのに必要な、いわゆる家事などは子供のころから大抵銀時の方が上手で、何でも器用にこなす銀時の手元を大きな真っ黒い瞳がじっと見つめてくる。
あまりに真っ直ぐなその眼差しに、つい気を取られてうっかり指を切ったりしたものだ。
そんな時は傍で見ていた幼い桂が「めいよのふしょうだ」などと分かったような訳のわからないことを言ったりした。
思えば、うっとおしいほどずっと一緒にいたような気がする。
とはいえ、今はそういう風にもいかないわけで。
「では、俺はもう行く」
「え、帰んの?」
「今日は客引きの仕事が入っているからな。クリスマスにも一人ぼっちな、寂しい一人身男性を救わねばならん」
空になった買い物袋を小さく折り畳んで、はい終わり、とでもいう風に桂が銀時に手渡す。
「……8時回ったらケーキは食っちまうからな」
「客引きが8時なんかで上がれるわけがなかろうが」
「んだよ、遅れたら残しといてやらねぇからな」
拗ねたように言う銀時に、善処しよう、とだけ言って、桂は万事屋から出て行った。
冷蔵庫の中には新八が神楽と銀時から死守したケーキが一切れ入っている。
時計の針は既に午前0時を指そうとしていた。
8時を過ぎても、桂は万事屋に現れなかった。
遅れてくるのが悪いと食べてしまおうとした二人を、このケーキの材料だって桂さんにたかったんでしょうが、と新八が止めたのだ。
結局桂は不在のままクリスマス会はお開きとなり、神楽と新八は連れだって道場へと帰っていった。
今日は妙がクリスマスにも恋人のいない可哀想な客達から大量のプレゼントを貰ってくるからと、銀時だけが一人で万事屋に残っている。
神楽によると、破亜限堕津のアイスケーキも持って帰ってくる予定らしい。
可哀想な送り主の中にはきっと、一向に懲りない真選組の隊長も含まれているに違いない。
銀時はケーキを取り出して、台所の机に乗せた。
ラップをかぶせられたケーキの表面には、蝋燭のあとがポツポツと残っている。
(名誉の負傷だ)ふいに、桂の言葉がよみがえった。
「俺を可哀想な男にする気かよ……」
そう呟いた時、玄関の方で物音がした。
戸を引き開ける音、そして静かな足音は、廊下を通ってこちらへ近づいてくる。
和室の襖をあけて、まっすぐこちらへ歩んでくる気配。
「銀時、玄関の鍵が開いていたぞ」
不用心な、と現れた桂が挨拶も無しに顔をしかめる。
「うちは煙突がないから、サンタさんのために開けといてあげたんですー」
「そうか」
しまった、鍵を閉めてきてしまったと言って踵を返そうとする桂の手を捕まえる。
「ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ」
外から戻ったばかりの体は冷たかった。
「おせーよ」
「仕方ないだろう」
冷えた手を離さないまま、銀時はラップを剥がして、ケーキをフォークでひとかけら切りとった。
「なんで貴様が食うんだ」
ケーキを自分の口に運んだ銀時に、桂が「俺のだろう」と突っ込む。
掴んでいた掌が、抗議を伝えたいのかぎゅっと握り返してきた。
「いや、やっぱ糖分は俺が食うべきだと思って。だってお前遅刻したし」
甘ったるい生クリームを味わいながら、次はてっぺんのイチゴにフォークを突き刺す。
サンタのために開けといた所から入ってきたんだから、これはきっとプレゼントに違いない。
それか、サンタクロース本人か。
「買い物代」
そう言って開いた赤い唇に、真っ赤なイチゴを押し込んだ。
どっちにしろ、プレゼントは銀時のものだ。